不測の事態なので―『毎日のミサ』多部数購読者の皆様へ

 ご承知のとおり、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、日本国内では政府により学校の一斉休校や、イベントや集会の自粛要請がなされ、プロ野球オープン戦や大相撲春場所も観客を入れずに実施されています。カトリック教会でも10教区が教区長(司教)の判断で小教区(教会)での公開ミサ(不特定多数が集まるミサ)を中止しています。
 わたしたち中央協議会も通勤時の混雑を避けるべく、勤務時間が10時〜16時に短縮されています。

 

 このような状況下、出版部には『毎日のミサ』年間購読の期間終了となる4月に向けて、2月初旬に購読者の皆様にお送りした年間購読の継続案内への返答が続々と寄せられています(詳しくは、本ブログ2018年3月22日付けの「ただいま奮闘中」を参照)。

 

(2月初旬に購読者に送付した払込用紙)

 

 

 しかしながら、教会で購読希望者を募り、まとめて(多部数)申し込まれるケースに関し、ミサの中止によって「皆さんに会うことができず継続の有無を確認できず部数が確定できない」「部数は確定できるものの集金ができない」といった、不安のうちに対応について尋ねる声も寄せられています。

 

(払込み締切日にご入金ができない場合は、必ずご連絡ください)

 

 年間購読継続手続きの流れは、部数を変更する、もしくは購読を中止する場合は、3月11日までに連絡をいただき、前年と同条件(部数の変更がない)の場合は同18日までに代金を振り込んでいただければ連絡は不要、という形を取らせていただいています。この締め切りは、5月号6月号を4月半ばまでにお届けするために設定しているものです。
 ですから、もし部数が確定できているならば、それをご連絡いただければ、送金が期日を過ぎてしまっても、4月半ばまでには本誌をお届けいたします。また現時点では部数の確定が難しくとも、4月半ばまでにご連絡いただいた場合は、同月末日までにはお届けできるよう手配いたします。なおこれは、教会などで一括の購読をなさってくださっている購読者の方に対する措置ですので、予めご承知おきください。
 なお、部数の追加は随時承っております。締め切り時点ではっきりしている購読希望者の人数をひとまずご連絡いただければ、後日数を増やすことも可能です。追加を別便でお送りするような対応もできます(数を減らすことは難しいので、予測でお申し込みになることはおやめください)。

 

 


ただいま全力で制作中

 教皇フランシスコの日本訪問中に行われた10の公式スピーチのほか、旅行前のビデオメッセージ、帰途の機中での記者会見、サンピエトロ広場での一般謁見における振り返りを収録した『すべてのいのちを守るため―教皇フランシスコ訪日講話集』の発行に向け、ただいま全力で作業中です。
 といっても、すでに内容(文章)は出来上がっているので、残すところはカバーなどの装丁デザインと本文に挿入する写真の色校正のみです。

 

 装丁は、小説・評論・写真集・漫画といった書籍の内容、あるいは、小説のような読み物なのか、もしくは辞典・レシピ・儀式書のように実践的に用いるものなのかといった目的を考慮してそのコンセプトを決めていきます。

 

(紙の見本帳)

 

 『すべてのいのちを守るため―教皇フランシスコ訪日講話集』のカバーは、黒文字(スミ)の書名だけを置くシンプルなもので、余計な装飾を排する代わりに、用紙自体の模様や凹凸、色合いなどを生かすものにしました。しかし、数ある用紙の中からイメージに合うものを選び出すのは簡単な作業ではありません。

 

(きらびきの「古染」「象牙」。写真では色合いが正確に伝わらない)

 

 「これは違う」「これはどうか」などといいながらひたすら見本帳を手繰り続け、ようやく「きらびき」という紙に決めました。色は「古染」「象牙」の2つを候補にし、本紙校正を見てから決定します。この紙は、微妙な凹凸の手触りがよく、品のある光沢も備えています。

 

 

 また、この講話集には、訪日中の写真をカラー18ページで収めるとともに、詩人・批評家である若松英輔氏による解説も収録しています。

 発売は2020年1月22日の予定です。ぜひお買い求めください。

 

 といったところで今年のブログ更新はこれにて終了です。

 

 本年も大変お世話になりました。感謝申し上げます。
 来る年もよろしくお願い申し上げます。

 

 なお、新年は1月6日(月)から営業を開始いたします。ただし当日は、始業時刻の9時より職員全員参加の新年ミサが行われますので、出版部の窓口業務は10時以降の開始となります。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。


無事に終わって何よりです―裏方の話(後編)

 午後12時半になり、ついに開場。金属探知機によるボディチェック、手荷物検査、本人確認を済ませた参加者が続々と入場してきます。

 

 わたしは最初の招待者を座席に案内すると、そのまま座席で待機して来場者を待ちます。とはいえ、開場直後は招待者の来場はちらほらといった程度。「ここに突っ立っていても暇やな。具体的に待機場所を指示されたわけやないし…。」手持無沙汰だったので、1塁側と3塁側にそれぞれ1箇所ずつ設けられたアリーナ席への入口(内野席と外野席との間)のうち、招待者が入場する1塁側に移動して、一般参加者を誘導しつつ招待者の来場を待つことにしました。

 

 開場30分を過ぎると一般席の半分が埋まります。会場内は、祭壇をバックに記念写真を撮る人や座席で昼食を取る人など、思わず「ここは公園か!」と突っ込みを入れたくなるような雰囲気です。そんな楽しい雰囲気の中、体格の大きい私服姿の警察官が所々に立って人々の動きに目を光らせ、祭壇下に設けられた司祭席では司祭たちが聖体拝領の際の持ち場について説明を受けていました。

 

 

 午後2時半ごろになり、一般参加者への対応が落ち着くと、今度は招待者が続々と入場してきます。案外距離のある入口と座席との間をこれまで以上頻繁に往復します。足元は人工芝の上に敷かれたビニールシート。これが思った以上にふかふかとしていて足に堪えます。

 

 午後3時になると、赤色のカーペットが敷かれた中央通路の横断ができなくなります。それを渡って招待者の席を探しているうちに横断禁止となってしまい、持ち場へ戻るのに迂回しなければならなくなりました。「どうせ迂回せなあかんし、ついでにたばこ1本くらいはええやろ。」そう思ったわたしは、短時間で戻れるバックスクリーン(スコアボード)の裏側ではなく、喫煙ブースのあるバックネット側を経由して戻ることにしました。時計に例えると、10時(3塁側入口)から2時(1塁側入口)の位置に移動するのに12時(バックスクリーン)ではなく6時(バックネット)を経由するのですから、結構な移動距離です。

 

 「どんだけ歩くねん!」と思いながら廊下を進んでいくと、トイレを待つ人が長蛇の列を作っているのに出くわします。できた列の数は4、5本、廊下は人で埋め尽くされていました。列自体がいろんな方向に延びていたため、列と列が交差する箇所もできていて、まさしくカオスでした。

 

 午後3時半から始まる教皇の周回(モービルに乗ってアリーナ席内を巡回する)まで残り30分の間に全員がトイレを済ませることができるのかと心配しながら、満員電車の車内を移動するように進むこと5、6分、なんとか人混みを抜け出すと喫煙ブースにたどり着きます。「ようやく一服」と思いきや、ブースの中はローマンカラーを着けた男性で溢れ、とても入れる状況ではありません。もみくちゃにされながら人混みを抜け出したかと思えば、今度は喫煙ブースが満員。さすがに一服する気持ちもなくなり素通りしました。

 

 午後3時半、アリーナ席への入口が一旦閉ざされると、中央協議会職員はスタッフの役目を解かれ、それぞれスタンド席にある座席に着きます。しかしながら、遅れてくるかたに対応すべく、4人ほどが受付にしばらく残ります。教皇の周回が始まり沸き起こる歓声を聞きながら、遅れて来た招待者を待機場所である外野席上段の立ち席に誘導します。すでに廊下には、あれだけ並んでいたトイレ待ちの人たちの姿はなく、いるのは東京ドームの関係者ばかりです。

 

 教皇の周回が終わると、ミサの開始までわずかな時間を使って、待機していた招待者をアリーナ席に誘導します。残された時間はわずかですから、アリーナ席を小走りで抜け出します。受付に戻ると、汗だくで足はパンパン、喉はカラカラの状態です。「すぐにミサに参加するのは無理やな」というわけで、受付でしばらく休みます。

 

 

 

 その後、しばらく待機するも招待者の来る気配はなく、受付を撤収します。
 ミサが行われているさなかに会場に入ると、ちょうど答唱詩編を独唱するシスターの歌声が響いていました。

 

 それにしても、万歩計を着けていたら結構な数がカウントされていたと思うで!
 万歩計持ってへんけど。


無事に終わって何よりです―裏方の話(前編)

 教皇フランスシスコが離日してから1週間が経ちました。この間皆さんは、教皇を迎え入れた喜びを味わいながら過ごされたのではないでしょうか。
 教皇は滞在中、核兵器廃絶をはじめ、世界が抱える問題に対するメッセージをいくつも残されました。これらの問いかけにどのように応えていくのかが、今後わたしたちに問われることになります。メッセージやスピーチはカトリック中央協議会Webサイトで公開されていますし、行事の様子はYouTubeの公式チャンネル「POPE IN JAPAN 2019」でご覧いただけます。これらをチェックして、今一度教皇来日の意味を問うてみてはいかがでしょうか。

 

 東京ドームで教皇ミサが行われた11月25日、わたしたち職員は、職場に留まって対応する者を除き、「東日本大震災被災者との集い」(ベルサール半蔵門)、「青年との集い」(東京カテドラル)、教皇ミサ(東京ドーム)、プレスセンター(東京プリンスホテル)の各会場に散らばり、受付やチラシの配布、広報など、総力をあげて対応しました。
 東京ドームでは、中央協議会招待の各国外交官、企業、諸宗教の代表者、キリスト教関係者、著名人の、受付や座席案内を主に担いました。

 

 

 朝9時に関係者入口に集合し、まず招待者席の位置を確認するためアリーナ席に向かいます。通常、野球選手や関係者以外は立ち入ることのできない通路を通り、3塁側ベンチ脇からグラウンドに出ると、すでに祭壇、座席、大掛かりな音響と映像設備が整えられており、めったに見ることができない光景に思わずテンションが上がるとともに、教皇ミサに関わることのできる喜びと緊張感が湧き上がってきます。
 ますます上がりそうになるテンションを抑えながら座席を確認すると、受付場所となる25番ゲート(バックスクリーン裏)に場所を移し、ただちに受付の準備に取りかかります。

 

 

 招待者リスト、座席表、それに招待者にお渡しする座席番号が記されたカードを机に並べます。名簿の確認や座席番号カードを渡すタイミング、誰がどのような手順で進めるのか、そうしたことを決め、手際よく準備を進めます。

 

 

 受付の体制がある程度整うと、座席への誘導係になったわたしは、招待者席までの経路を再び歩いてみることにします。
 アリーナ席には、すでに多くのスタッフが集まり、担当ごとに打ち合わせや準備に追われていました。祭壇上には共同祈願を担当する奉仕者、座席には一般公募によって集まったボランティア、ライトスタンド(外野席)には合唱を担当する高校生たち。5万人を集めて行われる超大規模ミサです。スタッフも相当数必要で、これらを統括するのもさぞかし大変だったことでしょう。
 そのような思いの中、座席を確認し終えると、次にトイレや喫煙所などを確認すべく1階スタンド席を中心に歩きまわります。警察による最高レベルの警備体制が敷かれると聞かされていたため、多数の警察官が警備に当たっているだろうと思い、スタッフとわかる格好をしていたとはいえ、「あまり歩きまわっていると職質を受けるかも」などと勝手に想像していたのですが、結局、数人程度しか見受けられませんでした。
 20分ほど見学し受付に戻ると、もう11時になろうとしていました。入口を見ると、入場を待つ人が長蛇の列を作っていました。
 


【告知】ローマ教皇来日記念トークイベント

 教皇帰国後の12月20日、東京渋谷区にある蔦屋書店代官山店では、詩人・批評家の若松英輔さんによるトークイベント「教皇フランシスコの言葉にふれる」が開催されます。

 教皇が著した回勅や使徒的勧告などから教皇の思いや考えを読み解く内容です。

 

 また、同時に若松さんの選書による関連ブックフェアも開催されます。使徒的勧告『喜びに喜べ』『キリストは生きている』をはじめ、カトリック中央協議会から出版されている教皇の公文書や講話集も紹介されます。

 

 イベントには、蔦屋書店代官山店で対象書籍と参加券をセットで購入することで参加することができます。

 

 皆さま、ぜひ足をお運びください。

 

 詳しくは代官山T-SITE(https://store.tsite.jp/daikanyama/event/humanities/11056-1430511115.html)にてご確認ください。

 


盛り上げていこうよ!

 いよいよ、教皇フランシスコが日本に来られます。小教区をはじめ、カトリック関連施設では、これまでにポスターの掲示や広報誌での周知、あるいは、教皇公文書(回勅や使徒的勧告)の読書会といった企画によって、共同体として教皇訪日をもり立てていくとともに、近隣への宣伝活動にも力を注いでこられたことでしょう。

 

 

 カトリック中央協議会でも、正面玄関にあるウィンドウディスプレイに、教皇自身がツイッター(SNS)でつぶやいた言葉や公文書からの引用を写真とともに掲げ、世間一般(といっても建物の前を往来する人はあまり多くはないのですが)へのアピールを行っています。

 

 

 背景に用いているバチカンの国旗をイメージした黄色と白の垂れ幕と教皇の写真は外注ですが、言葉は頻繁に交換するため、自前の長尺プリンターで出力して発泡スチロールのボードに貼り付けています。言葉には、一般社会に広く訴える内容のものを選んでいます。

 

 

 また出版部では、より多くの方に教皇フランシスコの著書に関心を持っていただこうと、中央協議会発行の書籍を扱っていただいている大手書店で、教皇の略歴や近年の歴代教皇を紹介するポップをお渡しし、宣伝していただいています。

 

 

 わたしたちカトリック信者にとって、教皇訪日という出来事が福音宣教への熱意を駆り立てるものにならなければ、日本におけるカトリック教会の発展はありえません。書籍発行の実務を担う出版部の任務もそれにつながるものです。

 

 教皇訪日を一時のお祭り騒ぎで終わらせないよう、これをきっかけに福音宣教を盛り上げていこうよ!


情報ハンドブック2020の編集作業、こぼれ話(その1)

 日本カトリック会館の外壁工事は、足場が完成し、亀裂の入ったタイルを交換する作業が行われています。ときおり激しいドリルの音が振動を伴って室内に響き渡り、校正作業に集中できないうえに、何より電話応対に苦労します。

 

 ところで、現在カトリック関連施設の住所録データを収める『カトリック教会情報ハンドブック』の2020年版の発行に向けた編集作業を進めています。

 

 昨年も紹介(2018年6月21日のブログ参照)いたしましたが、各施設の住所等の調査は毎年行っています。今年も各所には昨年のデータを記載した往復はがきを6月20日に送付しており、その返信が続々と寄せられています。約3200件に対し、現時点で80%ほどの回答(返信)をいただいております。皆さまのご協力に感謝いたします。

 

(返信された調査票。書籍の掲載順に並んでいます)

 

 「毎年そんなに変わらんやろう」そう思われるかもしれませんが、施設の閉鎖や移転、さらに電話番号、ファクス番号、市区町村の統廃合による住所表記や番地の変更などは、皆さんの想像以上に多くあるのです。
 なかでも、ミサの時刻の変更は、地方のみならず都市部の教会でも多く実施されています。1人の司祭が複数の教会を巡回するような地では、同時に複数の教会で変更がなされますし、共同宣教司牧(2〜3人の司祭が共同で複数の教会を担当する)が行われているところでも同様の変更が起きます。
 また最近では、近隣の教会との合同ミサを年に数回行うケースや、週によって日本語のミサと外国語のミサが入れ替わるケース、さらには、季節によって特定の週のみミサの時刻が変わるなどスケジュールが複雑化していて、これらの変更は少し厄介です。紙面の都合上、できるかぎり短く表現(記号化)しなければならず、読者に誤解を与えないよう、どう記号化すればいいのか神経を使う作業でもあります。

 

 ミサ時刻の変更事例からは、日本人信徒の減少、司祭召命の減少、外国人信徒の増加といった現象が自ずと浮かび上がってきます。まさに日本の教会の現状が情報ハンドブックの編集作業を複雑にしている――そんなふうにも言えるかもしれません。

 

「その結論、ちょっと強引なんちゃうか?」
「全然、強引ちゃうよ。データはもの言うんやで。それにしても福音宣教について、みんなで考えんとあかんのちゃうかな?」


ただいま進行中

 ご無沙汰いたしております。

 

 ブログを4月24日に更新してから、またもやほったらかしにしてしまいました。

 

 ところで、出版部の部室が入る日本カトリック会館(8階建てと5階建ての2棟)では、5月半ばから10月にかけて外壁補修工事が行われています。今は、足場の組み立て作業が行われていて、足場を建物に固定するアンカー取り付けのため、ドリルの騒音や振動が断続しています。架設作業には1か月半かかるそうです。

 

 

 

(これがアンカー)

 

 そのような環境の中で、出版部が編集作業を進めているのは、使徒的勧告“Christus vivit”の邦訳とペトロ文庫『教皇フランシスコ講話集6』です。

 

 使徒的勧告“Christus vivit”は、昨年10月にバチカンで開催された「若者、信仰そして召命の識別」をテーマとした世界司教代表者会議(シノドス)を受けて、今後の司牧方針とすべく、教皇フランシスコによって今年4月2日に公布されたものです。
 若者向けの文書ということもあって、抽象的な記述があまりなく、内容自体もさほど難しくはありません。しかし、1つの段落中に、若者に直接的な表現で語りかける文と、もう少し一般的な表現の文、あるいは説明的な表現が区切りなく続いていることがあり、それぞれに言い回しを使い分けると、違和感が生じてしまう場合もあって、少々悩まされています。原文のもつ雰囲気を生かしつつ、読んでいて違和感を覚えない訳文の完成を目指し、奮闘しているところです。
 またタイトルについても、「キリストは生きている」「キリストは生きています」などいくつかの案が考えられますが、なにが書籍名として収まりがいいのか、悩ましいところです。

 

 『教皇フランシスコ講話集6』は、一般謁見やお告げの祈り、ミサ説教、訪問先での演説など、2018年中の教皇フランシスコの発言をまとめたものです。
 教皇発言の邦訳のほとんどがすでに当協議会Webサイトで公開されていますが、すべての訳文を全面的に見直したうえで原稿を整理(時系列に編集)し、そして校正を行うという作業になります。

 

 両書とも、8月末の発行を予定しています。


 それにしても足場の架設作業、いくら見ていても飽きません。

 ……支柱と支柱の間に床板と筋交いを設置し、建物にアンカーを取り付ける。職人の手際よい作業で足場は横へ延び、上へと組み上がっていく。足場が高くなると、資材はクレーンで運ばれることになるが、次にどの資材が必要なのかを判断するのは上層にいる職人ではなく、その上層の職人の動きを見て、地上の資材置き場の担当者が判断するのだそうだ。この役割こそ一番重要なのだとか。だから、職人同士の「次、何がいる?」「あれ取ってくれ」などといった会話はほとんど聞かれず、作業が滞ることもない。職人さんの連携プレーはさすがだ……

 

 いかん!このままでは私の仕事が滞ってしまう。


『典礼聖歌(伴奏用)』

 主のご復活おめでとうございます。

 

 教会は今、主のご復活を祝うとともに、復活徹夜祭で洗礼を受けて信者となった新しい仲間を迎え入れたことの喜びに満たされています。

 

 さて、『典礼聖歌(一般用)』の発行をあかし書房よりカトリック中央協議会が引き継ぎ、新装版として今年1月に発売されましたが、このたび、オルガン伴奏用の『典礼聖歌』の発行も当協議会が引き継ぐことになり、『典礼聖歌(伴奏用・新装版)』として5月末に発売される予定です。

 

『典礼聖歌(伴奏用・新装版)』の校正紙

 

 表紙は、色、材質ともに一般用と同じ(本ブログ2018年12月27日参照)で、サイズは前版と変わりません(B5判上製)。内容については、細かな修正が施されただけで、大きな違いはありません。ただ、一般用に新たに収録した「ニケア・コンスタンチノープル信条」と「使徒信条」の新しい旋律については、伴奏用の楽譜が付録として収められています。

 

 オルガン奏者の皆さまの中には、自宅などで練習するために伴奏譜を個人で所有しなければならないかたもおられるでしょう。現在、伴奏譜が品切れであることは出版部も承知しております。鋭意作業を進めておりますので、発行まで今しばらくお待ちください。


『ミサの式次第』

 

 儀式書『ミサ典礼書』(本ブログ2019年2月7日で紹介)の共通の式文(どの日にも必ず唱えられる定型文)部分の抜き刷りである『ミサの式次第』。これは『ミサ典礼書』が1978年に初版が発行されてから重版されることなく品切れとなっているため、その代用として発行された儀式書です。

 

 『ミサ典礼書』は、教会のみならず、修道院、学校など、あらゆる聖堂で用いられています。儀式書の構成上、何度もページを大きく飛ばしたり逆戻りさせたりといった、一般の書籍とは異なる特殊な使い方をする上に、日曜日に複数回のミサが行われる教会などでは頻繁に使用されもします。ですから、発行から40年以上が経過した今では、経年劣化によって傷みが生じるのは当然です。背の接着が取れてしまい、ページがバラバラになったり破れたりしたものに簡単な修繕だけを施して用いているようなこともあるでしょう。私が所属する教会でも、傷みが激しくなったため修繕の方法を検討しています。

 そのような事情から出版部にも『ミサ典礼書』の買い替えを希望する声が寄せられるのですが、重版の予定はないため、問い合わせに対しては『ミサの式次第』と月刊誌『毎日のミサ』の併用を案内しています。
 『ミサの式次第』には、典礼暦の内容に沿った固有の祈願文(日によって変わるもの)が収録されていませんが、『毎日のミサ』を併用することで、その未収録箇所を補うことができるのです。

 また、『毎日のミサ』以外にも、『結婚式』(絶版のため、当協議会webサイトで公開)『葬儀』『聖週間の典礼』『成人のキリスト教入信式』『幼児洗礼式』といった儀式書を併用すれば、教会で行われる通常のミサや典礼行事にほぼ対応できてしまいます。

 

(左から『聖週間の典礼』『成人のキリスト教入信式』『結婚式』

『幼児洗礼式』『葬儀』)

 

 「代用品? 『ミサ典礼書』が使えるんやし、そんなんいらんで」なんて思われるかもしれません。しかし1500ページもある『ミサ典礼書』と違い、『ミサの式次第』はわずか230ページしかないので、薄くて軽く、持ち運びにも便利です。
 ここはあえて出版部員としてではなく、教会で典礼委員会をあずかる役目にある者として言わせていただきますが、家庭集会やキャンプなどに持参するには好都合で、『ミサの式次第』を結構重宝しています。仮に『ミサ典礼書』がまだ十分に使用できているとしても、その代用ではなく補助するものとして、教会で1冊は備えておくとよいと思います。


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